モロッコ
マラケシュではおなかを壊してしまいました。
夜中にものすごい吐き気がして、その通りにそうなり、翌日はずっと部屋に籠って時々襲ってくる吐き気をやりすごしたり、やりすごしきれなかったり。
宿の兄さんが食あたりに効くという「クミン」というスパイスを夫に買ってきてもらって飲んでいると、少しずつ良くなっていきました。
なんだろう、、、屋台で食べた何かがあたったんだろうか。
(ちなみに同じものを食べてるはずの夫はピンピンしてる。)
マラケシュではその他にも、なんとなく街と自分がうまくかみ合ってないような、小さながっかりが続いていました。
勝手に全部がうまく転がっていくときもあれば、いつも通りやっていても、ほとんどがうまくいかないときもあります。
それは多分どこにいても同じだと思うのですが。
モロッコもそろそろ3週間。
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およそ10年ほど前、「グッバイモロッコ」という映画を観た。
粗筋はまったく印象に残ってないし、正直モロッコに来るまで観たこともすっかり忘れていたけど、
たしかに劇場で観た。ケイトウィンスレット演じる子持ちの女性が、モロッコで自分を再生していく様を描いた
映画だった気がする。列車に乗った主人公の女性を、愛する男性が追いかけてくるラストシーンだけは
おぼろげながら覚えている。つまり、当時の僕には、その映画はやや退屈に感じられたのだろう。
ただ、劇中で描かれていたマラケッシュという街の、雑多でエキゾチックな様子は魅力的に映った。
迷路のような薄暗い商店街を日除けを通して太陽の光が降り注ぎ、舞い上がる埃を幻想的に照らしている。
あ、この場所、いつかいってみたいな、と直感的に感じた。
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居心地の良すぎる場所は危険だ。
砂漠の街メルズーガをそろそろ旅立たなくては、という気になった。ほうっておいたら二週間でも、
一ヶ月でもいかねない。冬の寒い朝、えいやとベッドから跳ね起きるように、意を決して荷造りをはじめた。
wilderness lodgeが離れがたい理由。それはノリコさんのおいしい料理ももちろんあるけど、この猫がかわいすぎるのもあると思う。
名前はまだない。もしくはネコという名の猫。
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メルズーガのHassi Labiadは砂漠に程近い、のんびりとした村だ。
道を歩けば、子供たちが親しげに声をかけてくる。学校帰りの女の子は、自分が塗った塗り絵を
ニコニコしながら自慢気に見せてくれる。
サッカーボールを持った少年たちの前を通りかかると、「ジャポン!、ナカムラ!」と声をかけられ、
共にサッカーに興じる時間が始まる。ひとしきりパス交換をしたあと、シュートの打ち合い。
僕がキーパーの時は、もちろん手加減はせずにきっちり止める。三十分くらい遊んだら、握手をして別れる。
「ケムケム」という商店が街のちょっとした溜まり場になっており、ジュースもお菓子も買えるし、
お茶したりネットをすることもできる。サッカーの試合があるときは、街中の男の子たちがやってきて、
屋外に出された小さなテレビにかぶりつきながら、熱狂する。
砂漠特有のしんとした静けさとあいまって、そんな素朴でかわいい子供たちの笑顔についつい癒されてしまう。
何日滞在したとしても、さらにもっともっと留まりたくなってしまうような、強烈な磁力がこの土地にはある。
この村でできたサッカー友達。
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砂漠の街、メルズーガに着いたのは朝の6時半。
日本人の旅人とモロッコの話をすると、必ずと言っていいほどその名が挙がる「ノリコさん」が経営している宿、「Wilderness Lodge」に到着する。
すばらしく居心地がいいという話は本当だった。
部屋のベッドに横になると、知らず知らずに入っていた身体の力みや緊張が、ゆるゆると緩んでいくのが分かる。
部屋は通りに面しているのに、とても静かだ。
窓から入ってくる空気さえ目に見えるほどの静けさ。
見定められない大きなものが辺り一面に広がっていて、そこにポツンと寝っ転がっているような感じがする。
しばらくして気がついた。
今、旅にでて一番静かな場所にいるんだ。
屋上のテラスにでると、まさに砂漠色の砂漠が見える。
大きくて美しくて、絶望的に切ない。
まだ何にも属してなかった頃の、幼い記憶がよみがえってくる。
何をするでもなく、砂漠を見ているだけで二時間も三時間も簡単に過ぎていく。
後で、自分はその間何をしていたのかと考えてみても、今ひとつはっきりしない。
目の前には、想像を絶する長い時間をかけて、その姿になった砂漠があった。
それは風で形を変え、光で色を変え、常に変化している。
けれども、この先もずっと、こうしてここにあるという揺るぎようのない存在に、ただただ圧倒されていたのかもしれない。
この砂漠の先には、アルジェリアとの国境があるという。
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旅にはいろんな交通手段があるけれど、選べるときはなるべくバス移動をするようにしてます。
バスの方が、たいてい安上がりだし楽チンということもあるけれど、窓から見える街と街の間の風景にこそ、
その国の素の顔が垣間見れるような気がするからです。つまり、点ではない線の風景の中に。
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のんびりシャウエンから、大都会のフェズへ移動しました。
モロッコには鉄道もあるけれど、シャウエンのような小さな街を繋いでくれるのは、バスか乗り合いタクシー。
そんなバスは、時々出発予定時刻より早く出発するので要注意だと聞いていたけれど、いやいや〜こんなのんびりした所でそれはないだろうと思っていたら、本当にもう少しで置いていかれそうになる。
今まさに走りだしたバスを、待ってーっと呼び止めて、ギリギリ乗車したのでした。
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川を渡る 君が住む街へ
会いたくて今すぐ 飛び跳ねる心で
水色の あの街へ
ースピッツ 「水色の街」
草野マサムネがこの地を知っているかどうかは知らないけれど、ここシャウエンは、まさに水色の街である。
名前さえ聞いたことなかったのだが、イグアスの滝で知り合った坊主頭の旅人に勧められ興味を覚えたのだ。
入り組んだメディナにある家々は、白地の壁がさまざまな青色で不規則に塗られていて、まるで水彩絵の具で
描かかれた絵本の街のよう。こんな街があるんだ。世界って広いもんだな。
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(この記事は3月に書かれたものです)
なんだか不思議な気分である。
ジブラルタル海峡を渡って、モロッコのタンジェという港町に着いた。船は恐ろしく揺れたけど、
船内ではこれからしばらくは飲めないビールを、最後に飲むことができた。
そう、モロッコはこの旅始まって以来の、イスラムの国。
スペインでワインを飲みまくってた僕らもしばらくは休肝の日々が続くことになる。
宿に着いて窓を開けると、港が見えた。
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妻 「いってしまいましたね」
夫 「いってしまいましたね、パソコン。まさか買ってから半年で壊れるとは、、」
妻 「アップルコンピューターの佇まいは好きなんだけど、何度も裏切られているんだわワタシ」
夫 「そういえば、家にいるときも二回ほどクラッシュしてたよね」
妻 「アップルのクラッシュといえば、今まで泣き顔のサッドマークに遭遇していたけど、今回は?マークがでて、サッドマークより悲しい気分になりました」
夫 「突然ここはどこ?私は誰?みたいなふりをされてもねえ、、」
妻 「いままで仲よくしてきたのにねぇ、そんなよそよそしい」
夫 「まあ、たしかに酷使したよな。なんて言ったって南米をいっしょに走り抜けたから。あたたかくmac bookairさんを見送ってあげよう」
妻 「もう冷たいただの鉄の板だけどね」
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スペインからフェリーでジブラルタル海峡を渡ってモロッコに到着。
いつもは移動手段にこだわりなんてなくて。
飛行機は早くて便利だし、鉄道は独特の情緒があって憧れる。
バスは場所と時間の経過を体で感じられて、この旅にでてから好きになった。
でもモロッコには、スペインの「アンダルシア地方」から出る船で、港町の「タンジェ」から入りたかった。
理由はひとつだけ。
ブラジルの作家パウロ・コエーリョの「アルケミスト」にでてくる少年と同じ道を通ってみたかっただけ。
二時間前までいたスペインと、色も匂いも人の距離も全て変わった。
行かなきゃいけない観光名所のことなんて忘れちゃったし。
旅を夢見たことを思い出しちゃって、なんかワクワクしてきた。
本を読むこともしばらく忘れていた。モロッコではゆっくりしよう。
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